大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山簡易裁判所 平成2年(ハ)64号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四七万八七〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  請求原因の要旨

1  訴外山本慶次郎こと崔慶兆は、訴外山本福三運転の普通乗用自動車に同乗中、昭和六〇年四月六日金沢市額新町一丁目一八六番地先交差点において、訴外中戸哲也運転の普通乗用自動車に追突された。崔は、右事故により外傷性頸部症候群等の傷害を受け、同年五月一日から翌年一一月一七日までの間、医師である原告の治療を受け、その総額は金七七万九一二〇円となつた。

2  原告は、右中戸の自動車につき損害補償の任意保険契約を結んでいた被告との間で、昭和六〇年五月一日頃、崔の将来にわたる治療費全部を被告が負担し、原告に対し直接支払う旨の債務引受契約を締結したと主張し、右治療費の残額金四七万八七〇〇円の支払を求めた。

二  中心となる争点

1  右債務引受契約の成否

2  被告の支払中止は信義則に反するか。

第三争点に対する判断

一  証拠によると、次の事実が認められる。

1  被告会社の係員が、昭和六〇年五月初頃、原告の事務員に電話で崔に対する治療費を一括払いする旨通知し、これに応じて原告から被告会社金沢支店に診療報酬明細書等が数回にわたつて送付され、そのうち同年九月末日までの治療費計三〇万〇四二〇円が、直接原告に支払われた。

2  その後、被告は、本件事故の因果関係などに疑問を抱き、同年九月頃、原告に対し医療内容について照会をしたが、回答が得られなかつたので、以後の支払を停止した。しかし、原告は、翌年一一月一七日まで崔に対する治療を続け、診療報酬明細書等を送つて支払を催促した。

3  被告は、昭和六二年三月頃、訴外宗和総業や東京海上メデイカルサービス及び被告会社金沢支店嘱託の専門医などにそれぞれ依頼して、関係資料に基づく医療分析を行つた。その結果、同六〇年九月位で症状が固定していることの鑑定結果を得た。なお、原告は、同六二年一一月一七日付書面でレントゲン検査の結果では頸・胸・腰椎に異常所見が認められなかつたが、崔の主観的愁訴について治療を続けた旨回答した。

4  本件事故の賠償額については、崔と中戸間の富山地方裁判所昭和六三年(ワ)第一七三号損害賠償請求事件において、平成元年一〇月二三日、中戸が本件治療費を含め解決金二〇〇万円を支払う内容の和解が成立し、崔に解決金が支払われた。

しかし、被告は右のことを原告に知らせなかつた。

二  右1の事実によれば、被告は、崔の治療費のうち昭和六〇年九月末日までの分につき、原告に直接支払う一括払いの取扱をしたことが認められる。

ところで、交通事故の被害者の治療費の支払に関し任意保険会社と医療機関との間で行われている「一括払」なるものは、任意保険契約の法的性質をも併せて考えると、保険会社において、被害者に対する迅速な治療の便宜のため、加害者の損害賠償債務額の確定前に、いずれは支払を免れないと認められる範囲の治療費につき、自賠責保険の分も含め、一括して立替えの仮払いをする事実を指すに過ぎず、医療機関に対し保険会社への治療費の支払請求権を付与するものではないと解するのが相当である。

本件において、右以上に、崔の将来にわたる治療費の全部を被告が負担する債務引受契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。

三  右2ないし4の事実によると、被告は当初の五ケ月分の治療費につき一括払の取扱をしながら、連絡不充分のまゝ以後の支払を停止し、崔に残りの治療費を含む解決金が支払われたことにより、結果的に、原告の右治療費の取立に支障が生じたことが認められる。

しかしながら、治療費の取立は、本来、原告の責任においてなすべきものであつて、一括払の性質が右の如きものであること、原告としても医療照会に対し回答を怠つたことや、右医療鑑定の結果など総合して判断すると、被告に帰責すべき信義則違反は認められない。

(裁判官 谷雅夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例